今年、50歳になりました。
50歳。
半世紀(笑)
こうして文字にすると、人生をずいぶん長く歩いてきたような気がします。
でも、私の隣にはまだ5歳の娘がいて、今は、子育ての真っ最中です。
朝の支度をして、送り出して、仕事をして、迎えに行って。
ごはんを作って、お風呂に入って、娘と一緒に寝て、一日が終わる。
そんな毎日の中で、最近よく考えることがあります。
モコ子育てをしながら、自分の人生も育てていきたい。
「子育てが落ち着いたら、自分の時間もできるよ」と言われることがあります。
でも最近は、それまで待たなくてもいいんじゃないか、と思うようになりました。
子どもが生まれて、自分のことは後回しになった
44歳で娘を出産してから、私の暮らしは大きく変わりました。
それまで自分のために使っていた時間も、頭の中で考えていることも、いつの間にか娘のことでいっぱいに。
赤ちゃんの頃は、一日を無事に終えるだけで精いっぱいでした。
少し大きくなってからも、
「ちゃんと育っているかな」
「園で困っていないかな」
「私の関わり方は、これでいいのかな」
そんなことを、いつもどこかで考えていました。
自分のやりたいことが、なかったわけではありません。
でも、
「今は子育てが優先だから」
「もう少し余裕ができてから」
そうやって、自分のことは後ろへ置くのが当たり前になっていたように思います。
「子育てが落ち着いてから」じゃなくてもいい
そんな私が50歳になる少し前から、考えるようになったことがあります。
これから私は、どんなふうに生きていきたいんだろう。
娘はまだ5歳。
これから小学生になって、まだまだ親の手が必要な時間は続きます。
それなら、
「子育てが落ち着いたら、自分がやりたいことをやろう」
と待っていなくてもいいのかもしれない。
子どもの成長を見守りながら、私自身も一緒に育っていけばいい。
そう思うようになりました。
母であることと、
自分の人生を生きること。
どちらかを選ばなくてもいいと思うんです。
今の暮らしと未来を「一本の木」にして考えてみた
最近、これからの暮らしや仕事について考える中で、今の自分とこれからを、一本の「人生の木」にして考えてみました。
木には、根っこがあって、幹があって、そこから枝が伸び、葉が茂り、いつか実がなります。


私にとっての「根っこ」は、
- 健康、家族、娘との関係
- 自分の価値観やワクワク
- そして、穏やかな暮らし
ここは、何か新しいことを始めるために犠牲にしたくない部分です。
むしろ、この根っこが元気だからこそ、未来へ枝を伸ばしていける。
今は、そんなふうに思っています。
暮らしを支える「幹」と、これから伸ばしたい「枝」
そして、今の暮らしを支えている「幹」。
私の場合は、週4日のパートと、新しく始めた住宅関係の業務委託の仕事があります。
私は今、「一本の仕事で大きく稼ぐ」というよりも、安定した収入を持ちながら、
未来につながるものを少しずつ育てていきたいと思っています。
そのひとつが、このWordPressブログ「あわいの時間」です。
50歳になった頃に始めて、自分が経験してきた高齢出産や子育て、そして50代になって感じることを、少しずつ記事にしています。
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今の私が「安定か自由か」のどちらかではなく、両方を大切にしたいと思うようになった経緯は、こちらの記事に書いています。
▶安定と自由、どっちも欲しい。私が見つけた心地よい働き方はこちら
そして、今学び始めていることや、 これから伸ばしてみたい「枝」もあります。
- AIやライティングについて学び、いつか仕事につなげていくこと
- noteで、自分の経験や学んだことを発信すること
- 自分の経験や得意なことを、いつかデジタル商品として形にしてみること
どれもまだ、「これを仕事にしていく」と決まっているわけではありません。
今は、気になる方向へ小さく枝を伸ばしながら、自分に合うものを探している途中です。
今はまだ、細い枝でもいい
以前の私なら、
「結局、何をやりたいの?」
「ひとつに絞った方がいいんじゃない?」
と思っていたかもしれません。
でも今は、無理にひとつに決めなくてもいいと思っています。
学んでみる。
やってみる。
続けてみる。
そして、
「なんか違うな」
と思ったら、方向を変えてもいい。
ブログの記事をひとつ書くことも、毎日15分だけ新しいことを学ぶことも、気になったことを調べてみることも。
ひとつひとつは、木についた小さな葉っぱのようなもの。
すぐに何かが変わるわけではないけれど、その小さな積み重ねが光を受けて、木全体を育てていく。
今はまだ細い枝でもいい。
自分が伸ばしたい方向へ、少しずつ。
50歳の今は、そんな育て方がちょうどいい気がしています。
子育ても、私の人生を育ててくれていた
振り返ってみると、子育てをしてきた時間は、自分の人生を止めていた時間ではなかったんだと思います。
娘を育てる中で、私自身もたくさんのことを教えてもらいました。
思い通りにならないことを受け入れること。
人と比べすぎないこと。
できないことばかりを見るのではなく、その子なりにできていることを見ること。
そのままでいい部分と、ゆっくり育てていけばいい部分があること。
娘に対してそう思えるようになったことで、少しずつ、自分自身にも同じように思えるようになりました。
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娘に「変わってほしい」と思っていた私自身の見方が変わっていったことは、こちらの記事にも書いています。
▶繊細な子どもとの向き合い方|「変わってほしい」と願っていた私が変わった話はこちら
私も、完成していなくていい。
誰かと同じ速さでなくてもいい。
まだ育っている途中でいい。
そう考えると、子育てをしてきた時間が、私の人生の根っこも深くしてくれたのかもしれません。
いつか、どんな「実」がなるんだろう
木を育てていけば、いつか「実」がなるかもしれません。
- ブログから少しずつ収入が生まれること
- 自分で作ったものが、ストック収入につながること
- 新しい仕事や人とのご縁が生まれること
そして、
「読んでよかった」
「私も少しやってみようかな」
「この人に相談してみたい」
そんなふうに思ってもらえることも、私にとっては大切な「実」だと思っています。
私自身、これまでの人生で、いろいろな人の言葉や経験に助けてもらってきました。
誰かから受け取ったものが、今の自分につながっている。
だからこれからは、私が経験してきたことや、これから学んでいくことが、いつかまた、誰かの役に立つものになったらいいなと思っています。
大げさなことではなく、自分が受け取ったものを、できる形で次の誰かへ渡していく。
そんな「恩送り」も、これからの人生で少しずつ育てていきたいもののひとつです。
50歳からも、人生は育っていく
若い頃の私は、人生にはなんとなく「順番」があるように思っていました。
何歳くらいまでに結婚して、
子どもを産んで、
仕事ではこれくらいになって。
でも、私の人生はその通りには進みませんでした。
41歳で結婚して、44歳で娘を出産。
50歳の今も、5歳の娘を育てています。
そして今になって、これからやってみたいことが、また少しずつ増えています。
ずいぶん遅いスタートに見えるかもしれません。
でも今は、



「もう50歳」より、
「50歳から、何を育てていこう」
と思っています。
根っこには、今ある家族や暮らしがある。
暮らしを支えてくれる幹がある。
そこから、自分がワクワクする方向へ、少しずつ枝を伸ばしてみる。
毎日の小さな行動が葉っぱになって、いつか、思いがけない実がなるかもしれない。
実を急いでつくることはできないけれど、
根を育てて、
幹を守って、
枝を伸ばしていくことならできるかも。
そんな思いで、今はコツコツ積み重ねることを大事にしています。
子育ても、自分の人生も。今、一緒に育てていく
子育てをしていると、どうしても自分のことは後回しになりがちです。
私も今でも、娘のことで頭がいっぱいになる日はあります。
仕事や家事だけで一日が終わって、自分のために何もできなかったと思う日もあります。
それでもいい。
また次の日に、小さな葉っぱをひとつ増やせばいい。
娘がこれから、少しずつ自分の世界を広げていくように、私も50歳から、自分の世界を少しずつ広げていきたい。
子育ても、自分の人生も。
「子育てが落ち着いたら」を待つのではなく、今、この同じ時間の中で育てているところです。
無理せず、焦らず、自分のペースで。
今日も、小さな一歩を。
50歳からも、
人生はまだまだ育っていく。
今は、そんなふうに思っています。
🌿 はじめての方へ
このブログでは、
高齢出産や子育ての中で感じた揺れを、
静かに綴っています。
まずはこちらの記事からどうぞ。
▶ 高齢初産の不安の正体|44歳で初産を迎えた私が感じたリアル
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