私は44歳で娘を出産しました。
出産時は緊急帝王切開になり、その後、大量出血。
出産した産院から、別の総合病院へ緊急搬送されました。
そんな出産から数日後。
病室のベッドサイドで、思いがけない文字を目にしたんです。
「ハイリスク患者」
モコえっ、ハイリスク…
その文字を見たとき、胸がざわついたのを今でも覚えています。
高齢出産であることも、出産で大変な状態になったことも分かっていたはずなのに。
文字として目の前に示されたことで、
「私って、ハイリスク患者なんや……」
と、改めて「自分のことなんだ」と実感したような気がしました。
でも、5年経った今。
あの表示と一緒に思い出すのは、入院中にたくさんの人に見守ってもらったことです。
今日は、44歳で出産した私が病室で目にした「ハイリスク患者」という表示と、そのとき感じたことを書いてみようと思います。
緊急帝王切開、そして別の病院へ
44歳で娘を出産したとき、私は緊急帝王切開のあとに大量出血し、別の総合病院へ緊急搬送されました。
術後は丸1日、集中治療室(ICU)で過ごし、2日目からは産科病棟内のICUへ。
娘は出産した産院にいたため、出産後の3日間、私たちは別々の病院で過ごしました。
そして3日目。
娘が私のいる病院へ移ってくることになり、私も4人部屋へ移ることになりました。
そこで目にしたのが、ベッドサイドに表示された、
「ハイリスク患者」
「車椅子対応」
という文字でした。
「ハイリスク患者」の文字に胸がざわついた
「車椅子対応」については、すぐに納得できました。
私は帝王切開のあと、再び開腹手術を受け、極度の貧血状態。
まだ普通に歩けるような状態ではありませんでした。
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44歳で緊急帝王切開になった私の出産体験は、こちらにまとめています。
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でも、
「ハイリスク患者」
という文字を見たときは、少し違いました。



私ってハイリスク患者なんや…
胸がざわつきました。
44歳での妊娠・出産。
妊娠中から「高齢出産」という言葉は何度も目にしていたし、年齢によるリスクがあることも分かっていました。
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44歳で妊娠中に感じていた、高齢出産への不安についてはこちらに書いています。
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それでも、自分のベッドに「ハイリスク患者」と表示されているのを見ると、
44歳で出産するという現実を、改めて目の前に示されたような気がして。
少し切ないような、なんともいえない気持ちになったことを覚えています。
「ハイリスク」の理由は、今も分からない
ただ、5年経った今振り返ると、
あの「ハイリスク患者」という表示が、44歳という年齢を理由につけられていたのかは分かりません。
「ハイリスク患者」の表示が年齢によるものだったのか、出産後の身体の状態によるものだったのかは、当時確認していないため分かりません。
緊急帝王切開のあとに大量出血し、別の病院へ搬送されていること。
2度の開腹手術を受け、極度の貧血状態だったこと。
そうした出産後の身体の状態も関係していたのかもしれません。
当時は、その表示の意味を医療スタッフに確認する余裕もありませんでした。
だから、本当のところは今も分からないままです。
ただ、あのときの私は、
「44歳での出産」ということと、
目の前にある「ハイリスク患者」という文字を自然と結びつけていました。
知識として分かっていた「高齢出産のリスク」が、
急に自分自身のこととして目の前に現れた。
あの胸のざわつきは、そんな感覚だったのかもしれません。
「ハイリスク患者」の表示と、守られている安心感
「ハイリスク患者」と表示されていた入院中。
助産師さんたちは、本当にこまめに様子を見に来てくださいました。
私は退院後、基本的にはワンオペで育児をする予定でした。
だから、
「できるだけ入院中に身体を動かして、退院する頃には少しでも動けるようになっておかないと!」
と思っていました。
まだノロノロとしか歩けない状態でしたが、少しずつ歩き始めると、思っていたより回復は早くて、翌日には「車椅子対応」の表示が消えました。
ベッドサイドからひとつ表示がなくなったことが、
「少しずつ戻ってきているんだな」
と思えて、ちょっと嬉しかったのを覚えています。
退院した「その先」まで考えてくれた助産師さん
とはいえ、貧血もあり、身体はまだ十分に回復していませんでした。
それで、退院後はしばらく義実家にお世話になることにしたんです。
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そのことを助産師さんに話すと、
「義実家で大丈夫?
お義母さんに気兼ねして、やりにくくない?無理しないでね」
と心配してくれました。
実際には同世代の助産師さんだったこともあって、もう少しぶっちゃけた感じの会話だったんですけどね(笑)
でも、その言葉がとてもありがたかったんです。
病院にいる間の私の身体だけではなく、
退院したあと、どんな暮らしが待っているのか。
そこまで気にかけてもらっているように感じました。
授乳しながらご飯を食べるコツまで
さらに、退院後にワンオペ育児になることを想定して、赤ちゃんに授乳しながら、自分もご飯を食べるコツまで教えてくれました。
あとになって周りの人に話すと、
「そんなことまで教えてもらったことない」
と言われることが多くて。
そこで改めて、私の身体の状態だけではなく、
退院後の生活まで考えて寄り添ってもらっていたんだな、と感じました。
「ハイリスク患者」という文字にはドキッとしたけれど、入院中の私は、同時に
「ちゃんと見てもらえている」
という安心感の中にもいたんだと思います。
5年経った今、あの表示を思い出すと
あれから5年。
今、隣には5歳になった娘がいます。
病室で「ハイリスク患者」という文字を見たときの、胸がざわつくような、ドキッとした気持ちは今でも覚えています。
でも、その表示を思い出すとき、一緒に浮かんでくるのは、入院中にかけてもらった言葉です。
何度も様子を見に来てくれたこと。
義実家で無理をしないか心配してくれたこと。
退院後のワンオペ育児まで考えて、具体的な方法を教えてくれたこと。
当時はただ、
「私、ハイリスク患者なんや……」
と複雑な気持ちで眺めていた表示。
でも今振り返ると、
あの表示があった病室には、守られていた記憶も一緒に残っています。
まとめ|ドキッとした表示も、今では出産の記憶のひとつ
44歳での出産。
緊急帝王切開。
大量出血と緊急搬送。
そして、病室で目にした「ハイリスク患者」の表示。
当時の私は、その文字を見るたびに少しドキッとしていました。
高齢出産であることは分かっていたはずなのに、
文字として目の前に現れると、
「私はそういう出産をしたんだ」
と改めて感じたんだと思います。
でも、その入院生活の中では、たくさんの人に見守られ、支えてもらった時間もありました。
あのとき感じた胸のざわつきも。
守られていると感じた安心感も。



どちらも、今では私の出産の記憶のひとつです。
5年経った今だからこそ、
そんなふうに、少し離れたところから振り返れるようになった気がします。
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