5歳になった今、高齢育児で感じる「しんどさの変化」

娘を44歳で出産して、5年。

高齢出産について調べていた頃、
「高齢育児は体力的に大変」
という言葉をよく目にしました。

実際、40代半ばから始まった子育ては、想像していた以上に体力を使う毎日でした。

夜中に何度も起きる。
抱っこする。
自分が疲れていても、子どものお世話は待ってくれない。

もともと私は体力には自信がある方で、睡眠時間が短い生活も普通でした。

それでも、自分のタイミングで休むことのできない毎日や、細切れの睡眠が続く生活は、それまで経験してきた「忙しさ」とは違うものでした。

あの頃は、

モコ

このしんどさは、いつまで続くんやろう

と思っていた気がします。

そして、娘は5歳になりました。
夜は眠れるようになり、抱っこする時間も減って、自分でできることもずいぶん増えました。

身体は、確かに楽になっています。
でも、
「高齢育児のしんどさがなくなったか?」
と聞かれると、少し違います。

なくなったというより、
しんどさの“形”が変わってきた。

50歳になった今、私はそんなふうに感じています。

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以前、娘が4歳の頃の「高齢育児のしんどさ」について書きました。
あれから1年。
娘の成長とともに、私が感じる「しんどさ」にも少しずつ変化がありました。
▶高齢育児がしんどいと感じる理由|49歳ママのリアルな体力事情はこちら

目次

赤ちゃんの頃は、とにかく身体がしんどかった

娘が赤ちゃんだった頃の「しんどい」は、とても分かりやすいものでした。

  • 眠れない
  • 抱っこで身体が疲れる
  • 自分の時間がない
  • 休みたいときに休めない

44歳で初めての子育てを始めた私にとって、それまでの生活とはまったく違う毎日でした。

今振り返ると、あの頃はとにかく、
目の前の一日を乗り切る。
それだけで精いっぱいだったように思います。

でも、子どもは少しずつ成長します。
夜にまとまって眠れるようになって、抱っこすることも減り、自分でできることも増えていく。
「これで少しずつ、子育ても楽になっていくのかな」
そんなふうに思っていたんです。

5歳。「自分でできる」と「自分で進められる」は違った

5歳になった娘は、できることがずいぶん増えました。

着替えることもできる。
ごはんも自分で食べられる。
保育園へ行くまでに何をするのかも分かっている。

それなのに、朝の準備がなかなか進まない時期がありました。

娘は行動の流れを頭では理解していても、いざその場面になると、次に何をするのかを考えるためにじっとしてしまうことがあります。

娘の中では、きっと考えている。

でも、朝の忙しい時間の私から見ると、
止まっている。
そんなふうに見えていました。

だから毎朝、
「次、何するの?」
と私が声をかける。

ひとつできたら、
「じゃあ、次は?」
と、また声をかける。

結局、ひとつひとつ私が行動を促しているような状態。

「自分でできることは増えたのに、いつまで私が全部声をかけるんだろう…」
そんな毎日に、少しずつ疲れていました。

「もっとしっかりしてほしい」というより、
自分で動けるようになってほしい。
そう思っていました。

文字が読めるようになったら、娘の時間はさらにゆっくりに

5歳になって、ひらがなが読めるようになった頃。

娘は、とにかく文字を読むことが楽しくて仕方がなかったようです。

目に入った文字を見つけては、声に出して読む。

親としては、
「こんな文字まで読めるようになったんだ」
とうれしくなる成長です。

ただ、朝の準備中は少し困ったことも…

保育園へ行くために玄関へ向かっていたはずなのに、途中で目に入ったカレンダーの文字を読み始める。
絵本の表紙が目に入れば、今度はそこに書いてある文字を読む。

気づけば、
「玄関へ向かっていたこと」が、どこかへ飛んでいってしまう。

こちらは時計を見ながら、
「そろそろ出ないと……」
と焦っているのに、
娘の周りだけ、時間がゆったり流れているみたい。

文字が読めるようになったことは、うれしい成長。
でも、その成長が朝の「寄り道」につながることもある。

子どもの成長って、
できることが増えれば、その分すべてが楽になるわけではないんだな。
そんなことにも気づきました。

「早くして」ではなく、娘が自分で動ける仕組みを

娘は、一連の流れを頭では理解していても、その場で次に何をするのかを考えて、行動につなげていくことが苦手です。

これは普段の娘の様子だけでなく、以前受けた発達検査でも、苦手な部分として見えてきました。

一方で、娘には目で見た情報の方が理解しやすいところがあります。

だったら、何度も言葉で伝えるより、娘が自分で見て分かるようにしたらいいのかもしれない。

そこで作ったのが、朝のスケジュール表でした。

わが家で作った朝のスケジュール
  • 何時に起きるのか
  • 起きたら何をするのか
  • 朝ごはんは何時に食べるのか
  • 着替えるのはいつか
  • 何時に保育園へ出発するのか

娘と二人で、ひとつずつ考え、時計のイラスト入りでA4一枚にまとめました。

娘は数字やひらがなが読めるようになり、時計も読めるようになっていたので、娘自身が見て分かるスケジュール表に。
完成したものは、リビングのよく見える場所に貼りました。

すると娘は、
「次は何だったかな?」
と自分でスケジュール表を確認しながら、少しずつ朝の準備を進められるようになったんです。

それまで私が、
「次は?」
「その次は?」

と声をかけ続けていたところを、スケジュール表が少し引き受けてくれるようになったんですよね。

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娘の園生活や、加配対応をお願いするまでの経緯については、こちらの記事にまとめています。
▶「うちの子も加配の対象ですか?」保育園で提案されて知ったこと【母親の体験談】はこちら

娘を変えるより、暮らしの中に「できる仕組み」をつくる

もちろん、スケジュール表を作ったからといって、毎朝すべてが予定どおりに進むわけではありません。

声をかけることもあるし、途中で別のことに気を取られることもあります。

それでも、
「どうしてできないんだろう」
と思っていたところから、
「どうしたら娘が自分でできるだろう」
と考えられるようになったことは、私にとって大きな変化でした。

娘には娘のペースがあって、得意な方法と苦手な方法がある。

それなら、苦手なことを頑張らせるだけではなく、得意な方法を使えばいい。

そうやって暮らし方を少し変えてみたら、娘だけでなく、私も気持ちが少し楽になりました。

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娘との関わり方については、以前「娘を変えようとするのではなく、自分の見方を変えるようになったこと」も書きました。
▶繊細な子どもとの向き合い方|「変わってほしい」と願っていた私が変わった話はこちら

5歳の今は、「待つこと」にもエネルギーを使う

赤ちゃんの頃は、身体を使ってお世話することにエネルギーを使っていました。
5歳の今は、それとは少し違います。

娘が考えるのを待つ。
気持ちが切り替わるのを待つ。
どうしたら娘に伝わるのか考える。
どこまで手伝って、どこから本人に任せるのか考える。

身体を使う場面が減った分、「待つこと」や「考えること」にエネルギーを使うようになりました。

そして、そんな関わり方をするためには、私自身に余白が必要なんだと感じるようになりました。

自分の余白がなくなったとき、身体が止まった

50歳で子育てをしていると、子育てだけをしていればいいわけではありません。
親のこと、仕事のこと、家のこと。
自分自身の年齢とともに、抱える役割も少しずつ増えてきました。

少し前、娘の就学相談のやり取りと、父の入院中の対応や退院後の施設探しなどが重なった時期がありました。
仕事も繁忙期で、家のこともあり、もちろん毎日の子育てもあります。

「自分以外の誰かのために動く時間」が重なって、それまで意識して作っていた余白が、少しずつ埋まっていきました。

そして、私は体調を崩しました。

以前の私なら、
「早く体調を戻さないと」
と思って、どうにか予定をこなそうとしていたと思います。

  • 娘の予定があれば、自分の予定をリスケしてでも私が対応する
  • 仕事に締め切りがあれば、間に合わせるために無理をする
  • 何か予定が重なれば、「どうやったら私が全部できるか」を考える

そうやって、なんとかやりくりしてきました。

「私がなんとかする」を、少し手放してみた

でも今回は、少し違いました。

  • 娘の定期的な通院は、夫に付き添いを代わってもらう
  • ゆっくり休んで体調を戻すために、娘を義実家で預かってもらう
  • 仕事も、自分だけでなんとか締め切りに合わせようとするのではなく、上司にスケジュールを相談する

以前なら、
「どうやったら私ができるか」
を最初に考えていたところを、
「誰かに頼めることはないかな」
と考えるようになりました。

誰かに頼れば、私がやらなくていい。
頭では分かっていたことです。

でも実際に頼ることは、私にとって意外と簡単ではありませんでした。

それでも50歳になって、自分の体力にも、使える時間にも限りがある。
それを無視して全部を抱えることの方が、結局は家族にも仕事にも影響してしまう。

そんなことを、以前より実感するようになりました。

高齢育児で変わったのは、「しんどさ」だけではなかった

44歳で子育てを始めた頃は、とにかく目の前のことをこなす毎日でした。

そして50歳になった今。

高齢育児の「しんどさ」は、確かに変わりました。
抱っこや睡眠不足といった身体のしんどさは減った。

その一方で、
子どものペースを待つこと。
その子に合う方法を考えること。
自分自身の体力や時間とのバランスを取ること。
そんなところにエネルギーを使うようになりました。

でも、変わったのは「しんどさ」だけではありません。

私自身も、5年前とは少し変わりました。

娘には、娘が動きやすい仕組みを。
私には、私が無理をしすぎない仕組みを。

できないことを無理に頑張るのではなく、暮らし方を少し整える。
そして、自分だけでは難しいときには誰かに頼る。

そんな選択が、以前よりできるようになりました。

まとめ|しんどさの形が変わるたび、私も変わっていく

赤ちゃんだった娘が5歳になって、
子育てはずいぶん楽になった部分があります。

でも、
「大きくなれば、子育ては楽になる」
というより、
「子どもの成長と一緒に、しんどさの形も変わっていく」
という方が、今の私にはしっくりきます。

そして、そのたびに私も、
どうしたら娘が過ごしやすいだろう。
どうしたら私も無理をしすぎずにいられるだろう。
と考えるようになりました。

44歳で始まった子育て。
あの頃は、「ちゃんと育てなきゃ」と目の前のことで精いっぱいだったけれど、
5年経った今は、
娘だけでなく、私も一緒に育ってきたのかもしれない。
そんなふうに思います。

これから小学生になれば、また新しい悩みが出てくるのでしょう。

そのたびに、
娘を無理に変えようとするのでもなく、
私が全部背負うのでもなく、
その時の私たちに合った方法を探していく。

モコ

しんどさがなくならなくても、
少し楽に暮らせる方法は見つけられる。

これからも、そんなふうに揺れながら、
私たちなりのペースを見つけていけたらと思っています。

🌿 はじめての方へ

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高齢出産や子育ての中で感じた揺れを、
静かに綴っています。

まずはこちらの記事からどうぞ。
▶ 高齢初産の不安の正体|44歳で初産を迎えた私が感じたリアル

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