高齢育児で娘の登園渋り|働き方を見直した私の話

娘の登園渋りが始まったのは、
2歳児クラスで、3歳になった頃でした。

毎朝、
「保育園行きたくない!」と泣く娘を、
無理やり自転車に乗せて登園。

そのまま私は、
ヘトヘトのまま電車に乗っていました。

当時の私は、
週4日パートで働いていました。 

仕事内容は好きな分野で、
自分にも合っていたと思います。

でも、スタッフは私ひとりだけ。
個人の会社で、代表のペースに合わせながら
仕事を進める環境でした。

どんなに効率よく動いても、
連日の残業。
家に持ち帰る仕事。

実はその仕事も、
一度働き方を見直して転職した先でした。

ワーママ1年目、
フルタイム勤務を続ける中で、
心身ともに限界を感じたからです。

特に、
娘に「我慢させている」と気づいてからは、
「もっと無理のない働き方をしたい」
と思うようになっていました。

それでも、
「頑張ればなんとかなる」
そう思いながら走り続けていたんです。

でも、
心も身体も、
少しずつ疲弊していきました。

そんな時期に、娘の登園渋りは
どんどんひどくなっていったんです。

目次

毎朝、「保育園行きたくない」が始まった

朝になると、
娘は「保育園行きたくない!」とギャン泣きして、
動かなくなってしまう。

毎朝30分くらい、
説得したり、抱っこしたり、
気持ちを切り替えようとしたり。

それでも無理な日は、
泣く娘を無理やり自転車に乗せ、
保育園へ連れて行っていました。

やっと登園できても、
そこから私は仕事へ。
朝の時点で、
もうヘトヘトでした。

夜はワンオペで
ごはん → お風呂 → 寝かしつけ。

朝早く起きてつくったひとり時間は、
仕事の続きをしたり、 
持ち帰った作業をしたり。

娘の気持ちを受け止めたいのに、
私自身にも余裕がありませんでした。

とうとう、娘が保育園へ行けなくなった

そしてある日、
娘が完全に保育園へ行けなくなりました。

私も1週間ほど仕事を休み、
娘と家で過ごすことに。

最初は、
「早く落ち着いてほしい」
という気持ちもありました。

でも、一緒に過ごしているうちに、
少しずつ見えてきたことがあったんです。

娘の一番の不安は、
“ママが仕事で忙しくて、約束の時間にお迎えに来られないかもしれない”
ということでした。

当時の私は、
いつも時間に追われて、
気持ちにも余裕がなくて。

娘もずっと、
不安を抱えていたんですよね。

その時、
「今は娘の不安を解消することが最優先だ」
と強く感じました。

そして、
まずは私自身の働き方を見直そう、
と思ったんです。

「在宅ワークなら解決する」と思っていた

娘が登園できなくても、
仕事ができる環境を作りたい。

そして、
私自身の負担も減らしたい。

そう考えて、
在宅ワーク中心で仕事を探し始めました。

そんなタイミングで、
パート先から
「家でできる仕事だけ、在宅勤務に切り替えてみないか」
という提案をいただき、一度は続けることに。

でも、
働く場所が家になっても、
職場そのものが変わったわけではない…

結局、
根本的な苦しさは
変わらなかったんです。

そして私は、
退職を決めました。

本当に必要だったのは、「心地よく働けること」

その後、
仕事探しをする中で、
ノートにいろんなことを書き出しました。

「今まで、働きやすかった環境は?」
「何がしんどかった?」
「今の自分が譲れない条件は?」 

整理していく中で、
気づいたことがありました。

私が求めていたのは、
“在宅勤務”そのものではなく、
“自分が心地よく働ける環境”
だったんです。

  • 時間に追われ過ぎないこと
  • 自分である程度、仕事や暮らしを調整できること

私が心穏やかに過ごせていた時期って、
忙しいかどうかより、
“自分でコントロールできている感覚”
がある時
だったんですよね。

それが、
私の安心感や幸福度に
すごく関係していたんです。

私に必要だったのは、
「ラクな働き方」ではなく、
“安心して調整できる感覚”
だったのかもしれません。

自分に余裕ができると、娘への言葉も変わっていった

無理をやめて、
疲れ過ぎないペースで働けるようになってから。

私自身の気持ちに、
少しずつ余裕が戻ってきました。

娘は今でも、
「保育園よりおうちが好き」
と言います。

でも、
以前のような半狂乱の登園拒否は、
少しずつ落ち着いていきました。

そして何より、
私自身が穏やかでいられる時間が増えたことで、
娘にかける言葉も変わった気がします。

余裕がない時って、
子どもの不安を受け止めたくても、
こちらも限界なんですよね。

モコ

ちゃんと向き合いたいのに、余裕がない

あの頃は、
そんな気持ちでいっぱいでした。

でも、
自分の心に少し余白があるだけで、
見える景色は変わっていく。

あの頃の経験を通して、
そんなことを感じています。

まとめ

登園拒否の時間は、
娘にとってもしんどい時間だったと思います。

でも同時に、
私自身が暮らしや働き方を見直す
大きなきっかけにもなりました。

以前の私は
「頑張ればなんとかなる」
と思っていた
けれど、
今は、
“無理を続けないこと”や
“安心して過ごせること”を
大事にしたい
と思っています。

子育てには正解がないからこそ、
揺れながら、
その時の自分たちなりの形を探していくしかない。

あの頃は必死だったけれど、
今振り返ると、
「安心できること」の大切さ
娘に教えてもらった時間だったのかもしれません。 

モコ

もし今、
同じように悩んでいるお母さんがいたら、
ひとりで抱え込み過ぎませんように🌿

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高齢出産や子育ての中で感じた揺れを、
静かに綴っています。

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▶ 高齢初産の不安の正体|44歳で初産を迎えた私が感じたリアル

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